エネカン通信176号(03/26)

天災と人災、良寛の思想。 原子炉の現状は、まだまだ、予断を許さない状況です。大抵の事は、なるようになる、と思って関心を持たずテレビなどほとんど見ず、自分のしたい事をやって来た私のような、ガリガリ亡者が、テレビにしがみつきインターネットを検索しまくって、さらなる事故の緊急ニュースが出ないかと居ても立ってもいられない有様です。 心配の要点は、1-3号機の原子炉内にある燃料棒に水を注入し続けることが出来るのかどうか?です。それと1-6号機の使用済み燃料プールが破損して、4階?から地上に落っこちないか?という可能性です。コンクリート製の1400トンもあるプールがそんなに上階にあり、しかもその建物は鉄骨が曲がるほどの爆発をしている。なんて、漫画の世界です。 原子炉建屋の隣棟のタービン建屋に水が溜まっていたのが、意外である、なんてどうしてこれが予想出来ないのか、当たり前の事件ではないですか?1-4号機に空からも陸からも水をかけ続けて、その水は何処へ行くと思っているのでしょうか?溜まった水には原子炉内に従来ある水の1万倍の放射能があった。これも、原子炉内の燃料棒も使用済み燃料プールの燃料も水面上に露出していた(今はかなり浸かっていると願望しています)のですから、メルトダウンの可能性あり、と発表がされていたはずです。溢れ出た水の放射能が大きいのは予測の中では無いのでしょうか? 1-3号機に今も水を注入し続けている、ようやくアメリカに言われて海水から真水に切り替えた。と言うことですが、塩水を注ぎ続けて、水だけが高温で蒸発すれば、赤穂の製塩と同じ原理で塩が出来ます。折角の命綱である、注入パイプが目詰まりしたら、どうするの?終わりの終わり、逃げるしかない事になる。ソンな誰にも分かる当たり前の事をアメリカに言われるまで、分かっていてもやらない、なんて、モー!食料も弾薬もなしにインドのインパールに攻め込もうとう作戦を作った軍人は誰だったのか!という歴史の繰り返しです。幸か不幸が今度はアメリカが味方なんですから、よーく、勝つ方法を聞いて欲しい。手助けも、して欲しい。今はもう、恥も外聞も無い状況ですよ。ロシアが支援すると言ってきたら、早速歓迎しましょう。 北方領土で文句いえなくなる、なんて心配している間に、福島県の半径20キロの“領土”は、見えない敵、ベクレルに占領されて使用不能になりつつあります。これは戦争なんです、タービン建屋で被爆(軽度)があった、その為に事故の修復作業が遅れる、なんて、これは戦争で負傷者が出たから攻撃止め、と言うことです。そんな、なまっちろい事で勝てる戦争がありますか?炉や格納容器がまだ壊れない間に、連続的に冷却できる手順を確立するまで、時間との競争です!!突撃!! それに、1-3号機に注入してる水(今までは海水)は一体何処へ流れ出ているのか、それを誰も教えてくれない、起承転結という中学で習う辻褄さえ合わせて説明しない(出来ない?)テレビに出る大学の教授たちは、全員免職にすべきです。発表が無いから分からない、にしても、入れた水の行方くらい追究して欲しい。流れ出た水の含有物、温度や放射能を調べていないなんて考えられないではありませんか? 文句を言っても仕方がない、のでこれ以上書きませんが、心配すべき点を、心配してくれ!との叫びです。 ところで、今日の京都新聞に梅原猛が、天眼、というコラムに原子炉を廃止せよ、と言う記事を書いています。飽衣飽食願望の習慣が原子炉事故の原因である、自分も今まで東電、関電のお世話になり、原子炉にはっきり反対しなかった事を反省する。というのです。原子炉事故が起こって原子炉反対、と再認識するのが哲学者では、なさけない。気候変動で南極の氷が大溶解、津波が来た!となって、火力発電に反対しなかった事を反省、でしょうか?太陽光エネルギーに頼ろう、倹約に励む文化に戻ろう、という提唱?らしいですが、10年前に書いた「幸福ということ」昨年の「倹約と幸福」は、お読み頂けてはいないようです。 これらの本に書いた、具体策、が言って欲しい。事故の責任が我々の贅沢欲にある、なら、倹約文化に戻ろう、という精神論は“哲学者”に教えて貰わなくても我々“善良な”庶民は行動に移します。それより、そんな意識さえ持たない、津波の災害地で廃屋から金庫を盗むような奴でさえ倹約するような、具体的、実行可能なシステムを作らないといけない。システム、なんて難しい事ではありません。 今まで、原子炉で作る電気は1キロワット・アワーが5~6円である。火力なら10円前後、太陽電池が20円。とか宣伝されて、安い電気は原子力、皆で築こう豊かな未来!と言われて来た見方に従って。福島県で避難させられた人々の今後の生活費、精神的保障費、ベクレルに占領された土地の代償金、事故の起こった原発の後始末(後始末出来るか、日本が原発に始末されないか~という程の事故では無いことを祈るのみ!!莫大な費用が要りそうです)費用なども全額を、即刻見積もって今月から電気代に上乗せして、我々全国民が負担する事にする、のが私の言うシステム、です。 レイゾー庫よ、さようなら、クーラーなんて滅相もない、ハイウエーは走る車が減るから、車線の半分は自転車用・・・とか、ゴルフにも、海外旅行にも、3スターのレストランにも「遊んだきもち、行った気持ち、食べたつもり・・・」ですますように、命令されなくても電気代が10倍になれば、そうなります。空腹は最高のシェフです、倹約すれば、お母ちゃんの作る塩サケと味噌汁のご飯が、3星レストランより∞大に旨くなりますよ。 とんでも無い、景気が沈滞するのは日本の沈没である、なんて言う経済学者は国外追放です。そんな倹約の時代に如何にして“景気”をもり立てるのか、を考える事こそ経済学者のやる仕事です。エネルギー掴み取りで景気を活性化する、なんて言うことは、幼稚園児でも考えられる事です、それなら経済学者なんて不要ですよ。まず、「倹約と幸福」を京都大学経済学部の教科書に採用せよ! 重ねて、ところで、東京都の知事が、今回の天災は天罰である。と発言して物議をかもしているとか・・・。 これは日本に古くからある天罰思想(古くは老荘思想に由来?)に根ざした発言と見られます。「太陽の季節」なんて(私は学生時代に興味半分に、ここに書くことが、はばかられる、サワリ、の一文だけ読んで、くだらん!と思った)小説で一躍有名人になり、その続きで都知事にまでへ上がったI氏ですが、小説を書く為の知識をひけらかしたのが、不味かったようです。とは言え、この発言を良く考えもせずに、被災者の気持ちになれ!なんて非難する無知な投書を“大新聞”が採用するほど日本の文化が低くなっているのは嘆き~!です。 知事がすぐに釈明したように、被災者に罪があるのではなく、被災された人々は、我々皆が天の道に背いて贅沢放題した罪を、皆に代わって、背負って下さったのだ、と解釈するべきなのです。私がそんな解釈を知っている理由は「倹約と幸福」を昨年出版と同時に謹呈した、元京大文学部長の先生から「あなたが第1話に書いた良寛さんの地震災害体験に関する話は、災害=天罰、という思想から来ているのですよ」とお手紙を頂き、工学部人間の無知に恥じ入った経験からです。テレビで見た、小学生の娘二人を津波でなくした若夫婦が「誰を恨むことも出来ません・・・。」と涙を流された、その無念さを我々は、自分の代わりに嘆いて下さっているのだ、と受け止めて、無にしてはならないのです。それが天罰思想でしょうか? 原子炉から4キロの地点で津波によって妻と娘を亡くした若者は、立ち入り禁止のために、遺体を探しに行くことさえ、出来ません。電気も原子力もいらない!と言っていました。その無念さ、を思えば、今、景気が沈滞することが怖い、といって、例年通り、500基の強力ライトで夜間照明して、夜空にサーチライトで投光し始めた、清水寺の貫首は即刻雲水にして修行のやり直しを命じなければなりません。ちなみに、照明の電気の半分は原子力発電です。 良寛さん、の思想についてネットにいろいろ出ていますが、URLの一例を下記します。 http://sanesasi.blog.so-net.ne.jp/2011-03-17 ******************* 今年の総会、講演会、懇親会は2011年7月02日(土曜日)午後 同じ、京都大学時計台記念館です。いまからご予定をよろしく!! ***************************** 京都エネカン 新宮秀夫 ハイツあすは603-8051 京都市北区上賀茂榊田町54